祥子様がみてる

「お待ちなさい」
 とある月曜日。
 銀杏並木の先にある二股の分かれ道で、祐巳は背後から呼び止めた。
 不意のことだったのに、彼女はあわてた様子もみせずに体全体で堂々と振り返る。腰よりも更に長く伸ばしたさらさらのストレートヘアがフワリと舞う。
 きれいだな、って思わずみとれてしまった。
「ごきげんよう、祐巳さま。私にご用でしょうか」
 迷いのないまっすぐな瞳に少々気圧される。
 いけないいけない、気持ちで負けたらダメ。私は上級生、彼女は下級生なんだから。
「えっと、呼び止めたのは私で、その相手は可南子ちゃん。間違いないよ」
「そのようですね。あ、祐巳さま、鞄お持ちします」
「あ、ありがと」
 や、やっぱり負けてる…。このままじゃ紅薔薇のつぼみの威信に関わってしまう。
 致し方ない、ペースを握られたままだけれど、作戦を発動するしかない!
 鞄を渡し、かなーり背伸びをして、空になった両手を可南子ちゃんの首の後ろに回した。必然的に可南子ちゃんの顔がアップになる。
「ゆ、ゆ、ゆ」
「の湯名人?」
 ―――ぶんぶん。思いっきり首を振られてしまった。ジャノメのゆうめいじんではないらしい。
「ゆ、祐巳さまっ。な、何を―――」
 さっきまでの完璧超人がどこへやら。急にあたふたとしだす可南子ちゃん。
 なんだかよくわからないけれど、こっちのペースに持ち込めたみたい。よし、ここで決め台詞。

「タイが、まがっているよ」

祥子様がみてる

 ―――決まった。バッチリ。完璧。あとは締めのセリフを言って颯爽と立ち去るのみ。

(まだまだね。タイの直し方に優雅さが欠けるわ)

「身だしなみは、いつもきちんとね。祥子さまが見ていらっしゃるわよ」
「さ、祥子さまがですか?!」
「あ、あれ!?…あははは。何言ってるんだろう、私。マリア様の間違い、間違い」
 ほんと、何でだろう。何故だか祥子さまに見られているような気分になってしまって―――

(祐巳、手首のスナップが甘くてよ)

「さ、祥子さまっ!?」
「祐巳さま、どうなさったんです?祥子さまなんて何処にもいらっしゃいませんよ」
「そ、そうなんだけど…」
 でもでも、絶対どこかから祥子さまのお声が。

(祐巳ー、うしろうしろー)

 ほら、こんな風に。…って。

 「マリア様ー!?」


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